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Talking to my self



 
チベット

順番

チベット密教を深く信仰されているお客様から、
当店の仏像を迎え、
感激のお言葉を頂きました。


自分で言うのも何ですが・・(笑)
当店の仏像はかなりすばらしいんです。

はっきり言っておきますが、
これ以上のレベルのものはほぼ存在しません。


もちろん、同じ次元の職人たちがより時間とお金をかけて挑めば
それ以上ではありますが、
同様の条件ではこれ以上は存在しません。

これは断言します。



長きに渡り、
この世界を歩いて歩いて裏も表も幅広く見続けてきた者であれば
その意味はわかるはずですが・・・
残念ながら研究者にも商売人にも日本にそういう人はただのひとりもいません。

なので・・・
自分から言うしかないかと・・・(笑)



そして・・
その方がお話しされた中に

「美術品ではありませんので・・」

のお言葉。


そう。
ここがとても大事なポイントで
ここが分かれ目にもなる。



世界の様々な宗教関連美術。

そしてその多くが人類最高峰の美術品としてその位置を占めます。



美というものは
ある壁を越えたところに生じ、
その壁は時に信仰心があるからこそ越えられるのであり、
揺れた心で到達できるものではありません。



ですから、
こうしたものを見る時に最も大切なことは、
まずは心をその世界に重ねてみることなんですね。

これはよく仏師さん達も言われることですが、
学術的になりすぎると
本質を見失うわけです。


各地で開催される
仏像のなんとか展も
本来はああして裏も表も見れる世界ではありませんし、
ましてや四方から明かりがともるなどという世界でもありません。


けれども時代ですから、
それはわかります。

ただ忘れてはならないのは、
現在もそれを信仰している方々がおられるということ。
そしてそこに命を懸けているということ。

それを僕たちは忘れてはいけません。



あくまで、
仏は信仰の対象であり、
それ以外の何ものでもないという事なんです。


ですから、
こうしたものを見る時は
僕が何度もいうってきたように
順番を間違えてはいけません。

まず、心を重ねてみること。
そしてその次にテクニカルなところに向かってください。


僕は宗教学者でも評論家でも研究者でもありません。
ただの商売人です。

ですので、
最も際どい所に立っているという自覚はあります。

だからこそ、
間違えてはいけないと
いつも思います。



どうかみなさんも、
あまりテクニカルになり過ぎず、
まずは素直にその世界を見てみる気持ちを大事にしてみてください。

伝えるということ

サンゴのこうした特有の窪みにトルコ石を充てるというのは
チベットでもよく見られた景色のひとつ。



ここをご覧の方でしたら一発でおわかりでしょうが、
このトルコ石はトルコ石風であってトルコ石ではなく模造品です。


サンゴの傷みにこのトルコ石を迎えた当のチベット人は
おそらくそれには気づいていないと思いますが、
こういうガラスや樹脂が交ざることはここ100年程度においては常であったわけです。


例えば昨年僕がここで書いたように、
上野の博物館で行われたなんとか展でも、
いくつかの模造品が見られましたが、
あれもそこそこの時代を生きたものではあるわけですね。
数字は別として・・・

ただ・・問題はそれを学芸員、もしくは教授が気づいていないという現実がある・・
だからガラスなのにトルコ石と説明しちゃうということになる。
そんなはずない・・って思うかもしれませんが・・・
これが日本の美術界の現実でもあります。

でも・・僕はそうなってしまう気持ちもよくわかるんですね。
日本の学芸員さん達は残念ながら今は研究よりコーディネイター、プランナーになっちゃってる。
雑用ばっかりで研究何てほとんどできていないのが現実なんですね。
場合によっては未来の保証もない。
このあたりは専門分野がそれぞれ分かれている海外とまったく事情がことなるわけです。
日本人の文化意識が低いのは税制の優遇措置や予算配分にも大いに問題があると考えています。




話を戻しますが、
ただ、こうした彼らが経た歴史の中で生じた模造品に関しては、
これを単なるコピーとして切ってしまうのもまた問題で、
これはこれで歴史の中の1ページということで我々はとらえます。


一方、これをもし、例えば日本人が手を加えたり、
台湾人が手を加えたりという、
思想の異なる手が加われば、
それは「なんちゃって」になってしまう。

なぜなら、
それはそこに「利」という「意図」が透けて見えてしまうからです。

仮に見た目は同じであっても、
そこに至る精神が違う。
つまり「筋」が違うという事になる。




チベットのトルコ石や珊瑚を使ったアクセサリーは
本物かどうかは大いに疑問ですが・・(笑)
今回は置いといて・・・
この「筋」がどうもわからないままに氾濫しています。

なぜそうなってしまうのか・・・
それは伝える側がチベットの文化を理解できていないことに尽きます。
少数民族の立ち位置を理解できていないことに尽きます。
チベットを理解するという事は密教を理解するということ。
密教を理解するという事は仏教を理解するという事。


この当たり前の行為をないがしろにして、
チベット風のものを演じても、
それでは本質にはたどり着くことは永遠にできません。

そして本質にたどり着かなくてもそれでいいのなら、
本物を使う意味はないと僕は思います。

それでも多くの方が本物を欲するのは、
本物にしか決して宿ることのない精神をそこに感じるからです。


であるならば・・・
我々伝える側はチベットを知らねばならない。
そうでなければ・・
何も知らないお客様を間違った方向に連れて行ってしまうことになる。



商品として生まれてきたものではない物を売るというのはどういうことなのか。
お客様からお金を頂くというのはどういうことなのか。

それを考え続けるのが伝える側の最低限の務め。


そして、それに命を懸けて守ってきてチベット人の心に、
応えることを僕らは止めてはならない。


 

お客様が変えられる未来

「カムねぇ・・・」

なんてぼそっとため息交じりにひとりごとを言えるような方は中々かもしれません。


チベットといっても、北はモンゴルから南はシッキムまでその文化圏はあまりにも広大です。
我々外の人間はついつい外交関係や各国事情をそのままのせた大人の地図によって
チベットの位置を確認してしまいますが、事実は違います。


そんな中、この世界でもとびぬけて贋作が多いのが
このカムのあたりから青海省あたりにかけてのチベットもの。


中国の骨董市にでも行けば出てくる出てくるチベットの仏像や法具の山。
そしてたいしてできのよくない大量生産の法具や仏像に時代をつけるのが
このあたりのチベット人がよくやる手法です。

あるていど「くせ」をしってるので普通の骨董屋はまんまとやられます。


ここ数年、日本の骨董市でもやたらと見ますが、
どこを見たらいいのかが売り手も買い手もわかってないので、
現地のチベット人にのせられたものがそのまま本物として動いてしまう。


オークションやたまに見る個人のブログなんかにはそんなのがやたらとのってますが・・(笑)
よく考えてみてくださいね・・・

その仏像。
ほんとうに古いものですか?
どこをみて古いといってるんでしょうか?
もしそれがそうだとしたらその価格は適正ですか?

その出来で数十万・・・本当にその安値で買えるんでしょうか・・・

一般の方の目にさらされるまで、
なぜその安値で我々プロが放置していたんでしょう・・・



この世界、本当の意味でプロと呼べるのはわずか1~2%程度だと思います。
けれども本物を見ている量はそのひとにぎりの方々がほぼ独占しています。
しっかりその人たちがマーケットに出る前にスクリーニングをしているわけです。

そしてそこからあぶれたものが、
普通の骨董屋などに流れ、
それでも売れないものが、
下手すると雑貨屋やネット、骨董市なんかまでに下る。

わかりますよね・・・
そういうことなんです。

世の中って大体そうなってるんです。


もちろん、掘り出し物はあるかもしれません。
でもね、それはギャンブルと同じ世界。

トータルで勝つことなんて普通はできません。

そして一番の致命傷は、
そういうとろで買ってる間はいつまでたっても眼が育たない。
本質が見えてこない。
つまり「筋」をつかまることができないっていうことなんです。

なぜなら、そういうところはお客様に先を提示しないからです。

我々の世界はただ単にお客様にものをお売りするわけではありません。
その世界の本当の意味や意義を知っていただくことこそ未来につながると考えているからなんです。

お客様だって眼を持つほうが持たないよりずっと楽しいにきまっています。
持てばきっと世界が違って見えるはずです。


商売というのは
売り手と買い手両者がウィンウィンであること。
これが正しい姿。

全部とはもちろん言いませんが我々の世界においては
骨董市やネットは店側のひとり勝ちなんです。
大体ね・・

そんなのいやですよね・・・


それにはみなさんが力をつけることが重要です。
間違わないことが重要なんです。

そうすればちゃんと正しい方向に必ず向かいます。




当店はお客様に「先」を必ず提示します。

そしてお客様に「筋」というものを身に着けていただきたいと考えています。

真実とは何か本質とは何か、
彼らが守ってきたその意味とそれに触れることの意義、
そして楽しさをお伝えしたいと思っています。

本来あるべき彫像の世界

仏像の一つも見れないでジーを語れないのと同じように、
ジーや珊瑚、トルコ石のひとつも語れずしてチベットの仏像を見ることは絶対できません。


日本では、
ジー同様に過去、(いまも多いけどね・・)
このチベットの彫像の世界においても
売り手のさじ加減で値が決まり、
売り手の説明だけでどこまでも通用するというお客様にとってはありがたくない時代が長く続いていました。


ちょっとそこそこ出来がいいとあきれるほどの値がついていたり、
頃合いの値かと思えば
とても迎えるに値しない出来だったりする。


当店が紹介するようになる前でしたらほぼ同じ質の高い彫像であれば
おそらく4~5倍近く出さないと手に入らなかったのではないでしょうか。

しかも・・・
信じられないかもしれませんが・・・
トルコ石、ジーののひとつすら語れない次元なのに・・・



為替や株価が上下しながらも適正価格に向かうのと同じように、
世には頃合いというのがありまして、
度が過ぎれば
それはいつか整理されていきます。



そして、本質を見る、さらに伝えることができないようであれば
それもやはり同じ。


ジーに関してはかなり日本の流れを変えることができたと思っています。
いまでも・・・出土品やコピーが良いとか言ってるのは・・・
ほとんど○○○○だと思いますが・・・


そして、いままでも続けてきましたが、
さらに、
このチベットの彫像や仏画の世界にも正しい世界を日本に根付かせたいと思います。




また・・・ 
敵が増えちゃうけどね・・・(笑)

僕には
社会やお客様にとってはどうでもいいくだらない横のつながりもなければ 
誰にも借りもない。
だから気は使えないよ・・・(笑)


借りがあるのは当店のお客様だけ。
お客様には優れたもの、正しいものを伝えることで恩を返す。

情報の取り方と伝え方

弥勒菩薩様。
よく巷では56億7千万・・・
なんてお話が言われていますが、

実は・・チベットにおいては8億・・
というのが正確なんです。 

えーそうなの!!
なんだぁ・・少し近づいてよかったじゃん♪
なんて人もおられるかと・・(笑)



これはたぶんほとんどの方がご存知ないと思うんですね。
当店のチベットに詳しいお客様であっても・・・
みなさん多くの方がチベットでも56億・・・ って思っていたはずです。

これ・・なんででしょうね・・・(笑)
次のお話にヒントがありますので・・




弥勒菩薩様は現在は兜率天というところにおられるといわれています。

こっから先は僕の好きな宗教学者さんの書籍でのお話になるんですが、

兜率天は天界にあるんですがこの天界をガンデンと呼ぶんです。
でも天界には兜率天の他にも化楽天や他化自在天などたくさんの天界があるといわれます。
でも普通のチベット人は天界のすべてをガンデンと言うことが多いんです。
たとえばお釈迦様が天国で生まれ変わって摩耶夫人に会いに行かれた天界はとう利天というんですが
それもガンデンと言ってしまうんですね。

チベット密教を知る者からすると現地の一般のチベット人の解釈に困惑することがあるんです・・・
とその学者さんは締めています。



ジーなど骨董品の世界も実は全く同じなんですね。
向こうの方は色々なことを言ってきます。
でも、それはその方の意見であってそれを書物に記すにはしっかりした裏付けが必要になるんです。

これは民族雑貨とかとんぼ玉とか旅行好きが高じて始めたオークションやネット、
どっかのなんとか市なんかで売っておられる方に非常によく見られるんですが、
向こうの方がいったことや世に浸透しているお話をそのまま伝えている人がとにかく多いんですね。
でも、本人はそれをまじめに検証したことなんてもしかしたら一度もないかもしれません。

当店にはよくそういうお話を聞いたと言って持ってこられる方がいるんですが・・・(笑)
困っちゃうんですね・・・(笑)


当店は民俗学や考古学の論文なんかにも度々お手伝いさせていただいたりしていますので、
そのあたりは少し普通とは見方が違うのかもしれませんが、
本来はしっかり裏を取るんです。
とれなければとれないなりのサンプル数と各々の事例を見せるんですね。
それもできなければ・・もうすこしやんわりと伝えるもんです。

そういうことがあってはじめてそれなりに信用できる情報にたどりつけたり、
それなりの体になってくるというもんです。



僕が彼らのお話をいつも話半分で聞いているというのはそういところがあるからなんです。

チベット人がチベットのことに詳しいのは確かです。
でもそれを日本人にもあててみてください。


よっぽどの方に会わなければ・・・

ですよね・・・



ですからそういうことなんです。
 

その奥に潜む美こそ・・

いつだったか・・
海外のアーティストさんで
こうしたアンティークのチベタンターコイズを綺麗に加工し直し、
ファセットのない滑らかなルースにして売られている方がおられました。
 
あまり形状を崩さなくて済むような
指輪やペンダント用など小さなものを材として、
もしくは元から割れてしまっているものを使用するのは理解できますが、
大きな数センチのダメージのないトルコ石をわざわざご丁寧に凹凸を取り除き磨き上げ
オバールカボションのようにしてしまうのは
ちょっと・・・ね・・・
 
商売だからね・・・
と言われればそれまでですが・・
だったらアーティストなんて言わない方がいいよね・・
そもそもアーティストが民族の感情や背景に迫る視点を無視し芸術を語れるのでしょうか・・・
そしてそれなら、わざわざアンティークのトルコ石を使わないでもいいような・・・
 
たぶん・・・
古いチベタンターコイズを単なるトルコ石という見方をしてしまうと
永遠にその良さには気づくことができない気がします。
窪みに見えるわずかな汚れや開口部に見られる減りや傷、
そのひとつひとつが
彼らの思いと共に生きてきたことへの証です。
 
古物を求める人々の心理は
そのものの中に潜む背景が景色としてあらわれ、
我々に訴えかけるものを備えていることへの憧れに他なりません。
そうでなければコピーで十分なわけですから・・
 
 
おそらくこうしたことが出来てしまう人の感覚は二通りでしょう。
 
ひとつは特に気にしない。お金が得られればそれでいいという視点。
もうひとつはまだたくさんあるんだからひとつくらいいいでしょう、という視点。
 
前者は特にいう事はありません・・
たぶん・・言っても無駄だから・・・
 
後者はできれば気づいてほしい・・・
もう・・それほど数は残されていないし、色だけにそのものの美しさがあるのではないということを・・・
 
 
 
江戸の頃・・
多色刷りに成功し、
浮世絵がもてはやされ、
版元が数多くもあった時代。
たとえ写楽であろうが北斎であろうが、
二百枚単位と言われる数で増刷が繰り返されていれば、
ハサミで切り取り遊ぶことも許されたでしょう。
 
 
しかし、今、オリジナルの写楽の浮世絵にハサミを入れるアホは絶対にいません。
そんなことをしたら・・・世界中の浮世絵ファンに殺されちゃいます・・・
 
 
 
 
もう・・
 
きっと・・
 
みなさんが思っているほど・・・
チベット人が守ってきた良いトルコ石は残っていはいません・・・
 
だから・・
なるべくいいものはそのままの形でみなさんも守ってあげてほしい・・

2007.2.21


 

ジーとの繋がり・・

乗り物に乗る時はご自身のジービーズのネックレスをお子さんに着けさせるんです・・
そんなことをお話してくれたお客さまがいらっしゃいました。
素敵ですよね~
そのお話をうかがったとき、あぁ・・ジーをお渡しできてよかったなぁ・・とつくづく思いました。
きっとこの話を聞いたら僕の仲間のチベット人達もとても喜ぶと思います。
 
 
 
実は・・僕は狭いところと高いところがあることがきっかけで苦手になり・・
僕にとって飛行機なんていう物はこの両方を兼ね備えてしまっている最悪の乗り物だったわけですが、
ジーはそんな僕の気持ちを落ち着け、いい方向に導いてくれた気がしています。
あの頃を思うと信じられませんが
お陰様で今ではこうして年に数十回と乗ることができています。
 
 
どこに行く時もジーをせずに出ることはありませんが、
今でも・・飛行機に乗る時や何か行動を起こす前には、しばしジーを握りしめています・・・
なぜか・・・
ほっとするんです・・・
 
 
人には言えない悩みや不安は誰にでもあったりしますよね。
そして他人には平気な事でも、その人にとっては耐えられないことだってたくさんあるはずですよね。
 
 
 
人間より遥かに長い年月を人から人へ守られ時代を超え旅をしてきた強さとやさしさを秘めた石。
そんなジーが少しの間だけ・・そばにいてくれる・・・
僕にっとってはそんな存在の石・・・
 
 
 
今まで数え切れぬほど多くのジーをお譲りしてまいりました。
その全てのお客様がきっと今も・・この瞬間も・・ジーをされていることと思います。
すべてのお客様にとって、お譲りしたジーが少しでも良いきっかけをつくってくれることができれば・・・
そんな思いで・・僕はジーをお届けしたいといつも思います。

きっといつか変えられる・・と信じて・・

当店が全ての少数民族に対して配慮が出来ているかといえば
それは否と答えるしかありません。
それでも特に大きな問題を抱えている地域にはやはりそれなりの姿勢と配慮がなされるべきだと考えています。
 
 
 
チベットの至宝と呼ばれるジー、もしくはズィは日本では「天珠」という名で主に紹介されています。
しかし、何度も触れていますがこれは漢族目線の名称であり、
チベットと中国との関係が良好であればここまでは言いませんが
今のチベットの状況を考えればこの呼び方はあまり良いとは言えないと思います。
 
こうした名称で扱われている日本の業者さんは
チベット文化を扱いながらも信じられないお話ではありますが
チベット人との交流はほぼ無く、
コピーを扱う漢族の業者との接触のみで事業をしている場合が多いのが現実です。
 
チベット人と多く接していれば当然彼らの現状に気づき、
彼らの文化と誇りを尊重し尊敬しようと思い抱くことはまともな日本人なら誰でもおこることでしょう・・
 
 
 
ジーはチベットのものだけなのか・・
という議論は確かにございます。
現在の考古学上、
ジーは確かに、
チベットを起源としているものではありません。
南西アジアを中心に古代にひろく広がった文化であり、
その文化がほぼチベット文化圏でのみ、受け継ぎ守られてきたというのが正しい捉え方でしょう。
しかし、長い歴史の中でチベットの文化として祈りと共に守られ生きてきた伝世のジーは
他にこうした例を見ない以上、チベット文化そのものと捉えてもまったく違和感はありません。
 
 
 
 
「天珠」と言う方が漢字を持つ文化圏では伝わりやすいですし、
売りやすいのはわかります。
ネットでしたらその方が検索率も高いでしょう。
でも自身の利の為に・・
恩を仇で返すようなことを日本人はすべきではありません。
 
コピーは別物だと思いますが、
100歩譲ってそれはそれでありとしても・・・
せめてこうした姿勢だけは同じ日本人には守ってほしい・・・
 
 
 
現在も・・チベット人は圧制により、
千年を超える文化を表に出すことさえ許されない状況の中で、
あの天空の地で生きています。
抵抗する手立てを失い最後の訴えとして焼身自殺する人々が絶えません。
 
 
 
自国の主権を考えるなら、
こうした人々にも目を配ることが成熟した日本の姿ではないでしょうか・・・・

愛しのジー

創業以来、数々のアンティークジービーズを国内外のお客様にご紹介してまいりました。



中でも、チョンジー以外では最も2アイを多くご紹介してきたと思います。
本日ご紹介のジーは過去ご紹介してきた中でも2アイとしては最上級に入るジーと言えるでしょう。

アンティーク市場の大半を占める出土品にはあまり惹かれないので別といたしまして、
あの天空の地で・・代々チベットの方々に守られ・・受け継がれてきた伝世ジーの多くは
過酷な歴史の中で大きな傷を負ってきました。
聖地巡礼の為、雪山を共に超えたかもしれません。
裸馬に乗りどこまでも、どこまでも続く草原を共に駆け抜けたかもしれません。
そして、時には薬や供物として削られることもあったでしょう。

こうした歴史を乗り越えこのようなかたちで残るジーは強く・・そして愛おしさを感じます。

本品はこうした伝世ジーの中でも際立って大きく、
そして当時の面影をそのままに残す本当に美しいジーです。

実店舗では実物を手にとってご覧いただけます。
あの青く美しい空のもと、
過酷な歴史を潜り抜け・・守られ・・受け継がれてきた本物のジーをお感じいただければと思います。





27.Feb.2012


 

どれが本物・・?

大分昔の話になりますが・・
ラサ近郊に住むチベット人の女性から譲っていいただいたネックレスです。
素敵でしょう・・
通常はばらされてトルコ石はトルコ石、琥珀は琥珀としてマーケットに出てjきたりしますが
そうなってしまう前に・・
履歴がはっきりしているオリジナルの状態を僕は求めています。

長い長い時を超えて・・
隣の石と石が触れ合い・・
パズルのように組み合わされたトルコ石と琥珀は
まさに歴史と愛おしさを感じさせます。

さて、こんなに美しいネックレスですが、
実は琥珀に問題がございます。
おわかりですか・・?

実はこの中に数点イミテーションが入っています。
どれだかおわかりですか?

もちろん当のチベット人はまったく気づいておりませんでした。
僕は譲って頂く前に気づいていましたが
彼女に事実を伝えるべきではないと思い
そのことについては触れませんでした。
実はこういうことはジーなどでもよくあることですが
僕はそれを伝えるのは良くないような気がして、
時に気づかないふりをしています。

このプラスチックの琥珀のイミテーション。
経年による趣はありますが
当然、お客様にお出しすることはできません。
しかし、それもチベットの歴史の断片。
彼らの思いを大事に僕はこのまま守っていこうと思います。

 

こころのふるさと・・

前世はもしかしたらチベット人だったかもしれない・・・
なんて思ってしまうくらいチベットの地を訪れると感動してしまう。
とてつもなく広い大地とどこまでも澄み切った青い空。
本当に美しい・・

高山病になりやすい体質なので
訪れるたびに
頭痛と吐き気で
もう来れないかも・・・
なんて思ってしまうのだが
やめられない・・とまらない・・



一応、日本では中国国内ということになっているチベット自治区ですが
個人的にはそうは思っていませんので
当店ではチベットは中国とは分けて記載しています。

ですからジービーズも・・・
そう、ズィーというのがラサからカンバでは近い音だと思いますが・・

最近やたらと出回る「天珠」などと呼ばれるコピー品ですが
そうした漢民族目線の呼び名では当店ではなるべく記載しません。

チベットに限らずモン族など少数の民は常に多数に翻弄されます。
しかしそんな理不尽な歴史の中でも少数の人々は
自身を信じ、文化を守り続けてきました。

こうした伝統ある彼らの文化に触れる人間として
相手を尊重し尊敬することが一番大切だと感じます。
そうしなければ真実は見えてこないとも思います。
だから当店ではジーです。
誰がなんと言おうと。


チベットの仲間達・・・

今頃ヤクと共に草原にいるのだろうか・・
数珠をはじきながら茶でも飲んでるだろうか・・

みんな元気かな・・・